生成AIを使いまくって中小企業診断士を受けたけど、うまくいかなかった話

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生成AIを使いまくって中小企業診断士を受けたけど、うまくいかなかった話

中小企業診断士の試験を受けました。 結果から言うと、思ったようにはいきませんでした。

振り返って最初に出てくる感想は、「生成AI、かなり使ったのにな」です。

ChatGPT、Claude、Gemini、NotebookLM、Obsidian。使えるものはかなり使いました。問題の解説をしてもらい、図表を読ませ、長いテキストを要約してもらい、学習計画を作り、ノートも整理しようとしました。

環境だけ見れば、なかなか豪華な勉強セットアップだった。

それでも、うまくいかなかった。

これは「AIは役に立たない」という話ではありません。むしろ、役には立ちました。かなり助けられました。

ただ、AIを使うこと自体が目的になって、肝心の勉強量、反復、定着が足りていなかった。そこが一番まずかったのだと思います。

AIを使って勉強しているつもりで、実はAIを触っていただけだった時間がある。

あー、、そこだったか、という感じです。

実際に生成AIを何に使っていたのか

受験勉強の中で、AIにはかなり多くの役割を持たせていました。

ChatGPTには、主にわからない問題の解説を頼みました。経済学、財務・会計、企業経営理論、経営情報システム。問題文を貼ったり、画像を見せたりして、「この選択肢はなぜ違うのか」「この式はどこから出てくるのか」と聞いていました。

特に便利だったのは、かなり初歩まで戻って質問できることです。「平均貯蓄性向って何?」みたいな、テキストを読んでいるだけだと今さら聞きづらいところまで戻れる。これは本当に助かりました。

Geminiは、画像や図表まわりでよく使いました。問題の読み取り、グラフの理解、図解の説明など、文章だけだとつかみにくいところを整理する用途です。経済学のグラフや財務の表は、文章だけで説明されるより、図として見たほうが入りやすい。

NotebookLMには、講義資料や教材を入れて、自分専用の教材検索AIのように使いました。要点を聞いたり、復習用に論点を整理させたり、資料の中から関連箇所を探させたりしていました。

Claudeは、長文整理や理解補助に使いました。難しい概念を整理したり、勉強方法を相談したり、学習計画を考えたりする用途では、長めの文脈を扱えるのが便利でした。

Obsidianには、AIから得た説明や自分の理解を残そうとしました。Zettelkasten的に知識をつなげて、あとで見返せるようにする。うまく回れば強そうだな、と。

こうして書くと、悪くないんですよね。

むしろ、かなり効率的に勉強している気になっていました。

それでも、なぜうまくいかなかったのか

「理解した気になる」が増えた

これが一番大きかった気がします。

AIに解説してもらうと、たいていわかりやすい説明が返ってきます。

「なるほど、そういうことか」

となる。

でもそれは、読んで納得しただけで、自分の頭で解けるようになったわけではありません。

試験で必要なのは、説明を読めばわかることではない。自力で問題を解けることです。

本番や模試で似た問題が出たとき、「あれ、これAIが説明してくれたやつだ」と思うのに、手が動かない。解説を読んで「わかった」と思うのと、自分で判断できるのは、まったく別でした。

AIの説明はきれいです。きれいすぎるくらいです。

だから、自分がどこを理解していないのかに気づかないまま、わかった気分になれる。わからないところが即座に埋まるので、気持ちがいい。でも、その心地よさは理解とは別物でした。

AIを使う時間が勉強時間になっていた

プロンプトを調整して、出力を比較して、別のAIに同じ質問をして回答を突き合わせる。

これ、かなりやっている感があります。

NotebookLMをどう構築するか。Obsidianのノートをどう整理するか。タグをどう付けるか。AIにどんな学習計画を作らせるか。どのモデルが一番よい説明を返すか。

こういうことをやっていると、めちゃくちゃ勉強している気分になります。

でも実際には、問題を解いていない。

Obsidianのノート構造を整えるのも、NotebookLMに要約を生成させるのも、自分が知識を頭に入れている行為ではありませんでした。

「AIにいい感じのアウトプットを出させる」ことと、「自分が知識を定着させる」ことの間には、思ったより大きな差がありました。

勉強の仕組みを作ることと、勉強することは別だった。

「わからない」が簡単に解消されすぎる

昔の勉強なら、わからないことがあるとテキストを読み直す。関連部分を探す。問題文をもう一度読む。どうにか自分で考える。それでもわからない。

AIを使うと、ここがかなり短くなる。

問題を撮影して、「解説して」と言えば、数秒で答えが返ってくる。

便利です。とても便利です。

でも、「わからない」という状態を自分の中に一定時間置いておくプロセスまで削ってしまったのかもしれません。

特に経済学や財務では、考えるプロセスそのものが重要でした。式の意味を追う。グラフがどう動くかを考える。選択肢のどこが変なのかを粘る。

その時間をAIの即答で飛ばしてしまうと、理解は速くなったように見えて、定着は浅くなる。

たぶん、ここを軽く見ていました。

AIに勉強計画を作らせても、実行するのは自分

これは本当にそのままの話なのですが、AIに緻密な学習計画を作らせても、それを実行するのは自分です。

計画を作っているときは「これならいける」と思います。AIは正しいことを言ってくれる。

「毎日過去問を解きましょう」

「間違えた問題は翌日と一週間後に復習しましょう」

「苦手科目に重点的に時間を配分しましょう」

全部正しい。

でも、それを実行するのが難しいから困っているのであって、計画の精緻さだけでは点数は上がらない。

計画を何回改善しても、その日に問題を20問解かなければ、20問分の経験値は入らない。AIがスケジュールを組んでくれても、私の1日が28時間になるわけではありません。

当たり前なんですけどね。

趣味としてのAIが勉強を侵食した

正直に書くと、AIを使うのは楽しかったです。

新しいモデルを試す。新しいサービスを触る。ローカルLLMを動かす。AIツールを比較する。自動化を考える。プロンプトを工夫して、出力がよくなるのを見る。

面白いんですよね。かなり。

でもそれは、趣味です。立派な趣味だけど、勉強ではない。

「AIで診断士を勉強する」から、いつの間にか「AIで何かする」に目的が変わっていた。

PCの前には座っている。テキストも開いている。AIも動いている。だから「やっている」という感覚はある。

でも中身は、ツールの操作だった。

それでも生成AIは役に立った

ここまで書くと、AIは全然役に立たなかったみたいに読めるかもしれません。

でも、そうではないです。

AIがなかったら、もっと厳しかったと思う。

財務の式がなかなか頭に入らないとき、AIに「もっと簡単に説明して」と何度も聞き直せた。経済学のグラフでつまずいたとき、「中学生向けに説明して」「具体例で説明して」「図の動きを言葉で説明して」と頼めた。

人には聞きづらい初歩まで戻れるのは、大きい。

「そもそもGDPって何?」

「なぜこの式になるの?」

「この言葉とこの言葉は何が違うの?」

こういう質問を、何度でもできる。しかも怒られないし、恥ずかしくもない。

問題画像からそのまま質問できるのも、資格勉強との相性がかなりよかったです。わからない問題で完全に止まることが減る。心理的なハードルは確実に下がりました。

役に立たなかったのではない。

使い方のバランスが崩れていた。

AIに頼る部分が多すぎて、自分で考える部分が薄くなっていた。AIがよくできているからこそ、そのバランスを見失いやすかったのだと思います。

今ならAIをどう使うか

先に自分で解く

今なら、AIに聞く前にまず自分で解きます。

手が止まってもいい。5分悩んでもいい。自分なりに答えを出す。そのうえでAIに解説を頼む。

順番はこうしたい。

  1. まず問題を解く
  2. 自分なりに答えを出す
  3. AIに解説させる
  4. 間違えた理由を書く
  5. 数日後にもう一度解く

AIに解説してもらってから「なるほど」と納得するのと、自分で考えて限界まで悩んでからAIに解説を聞くのとでは、頭への入り方がかなり違うはずです。

AIは答えを出す機械ではなく先生にする

「この問題の答えは?」と聞くと、AIはたいてい答えを出してくれます。便利だけど、それだと問題集の巻末にある解答とあまり変わらない。

今なら、こう聞く。

「答えは言わず、ヒントだけください」

「私の考え方のどこがズレていますか」

「この選択肢が怪しいと思うのですが、見るべき論点だけ教えてください」

答えそのものより、思考の道筋をサポートしてもらう。AIを答えを出す機械ではなく、自分の理解不足を見つける先生として使う。

このくらい距離を取ったほうが、たぶん私には合っています。

AIに説明させるだけでなく、自分がAIに説明する

これをもっとやればよかったです。

AIに解説させるのではなく、自分がAIに対して説明する。

たとえば、

「IS-LMについて私が説明するので、間違っているところを指摘してください」

「この問題をこう考えたのですが、論理が飛んでいるところはありますか」

「この制度を自分の言葉で説明します。試験答案として足りない点を教えてください」

こういう使い方です。

AIから自分へ説明を流すだけではなく、自分からAIへ説明する。

人に教えるのが一番勉強になると言うけれど、AIでもかなり代用できる。自分の言葉で出力するプロセスを、もっと大事にすべきでした。

ツールを増やさない

ChatGPT、Claude、Gemini、NotebookLM、Obsidian。

これだけ揃えたから何だという話でもあります。

ツールの使い分けに頭を使う時間が、結構ありました。今なら、メインAIと教材くらいに絞る。ノートも凝りすぎない。

必要なのは最新のツールではなく、自分が使い込んだ道具です。ツールが増えると、「どれを使うか」に脳のリソースを使ってしまう。勉強に向けるべきリソースを、ツール選びに割いていた。

最大の反省: AIより勉強時間のほうが重要だった

ここまで書いてきて、結局のところ一番足りなかったのは勉強時間でした。

どれだけAIが進化しても、過去問を解いた回数はごまかせない。間違えた問題を復習した回数も、テキストを読み返した回数も、問題を見て瞬時に判断できるレベルまで反復した量も、ショートカットできない。

AIは学習効率を上げてくれる。でも、学習量をゼロにはしてくれない。

1時間の勉強を少し濃くすることはできる。でも、勉強しなかった時間を、AIが後から埋めてくれるわけではない。効率の前に、そもそも量が足りていなかった。

AIに勉強させるのではなく、AIを使って自分が勉強する。

この当たり前のことを、私はきちんとできていませんでした。

AIがいかに優れていても、最後に頭を使うのは自分です。記憶を定着させる反復も、問題文を読む集中力も、選択肢を切る判断も、AIには代理できない。

うすうす分かっていたはずなんですけどね。

それでも次回もAIを使う

次回の受験でもAIは使います。

使わない手はない。便利だし、適切に使えば学習効率は上がる。

ただし、使い方は変える。

解説役として使う。弱点発見役として使う。復習問題作成役として使う。自分の説明の添削役として使う。学習記録の分析役として使う。

AIに答えを出させるのではなく、自分の思考を助けてもらう。ツールを増やすのではなく、使う道具を絞る。勉強の仕組みを作ることに時間を使いすぎず、仕組みを使って勉強することに時間を使う。

AIを使っている満足感で勉強したつもりになる。この罠に気づけただけでも、今回の失敗には意味があったと思う。

色々な方向に気が散ってしまうので、喉元過ぎればなんとやらにならないようにはしたいですね。

次は、AIを使いながらも、ちゃんと自分が勉強しているほうの話を書きたいです。